川越美和 ブログ。 20世紀アイドル写真館 : 川越美和

20世紀アイドル写真館 : 川越美和

川越美和 ブログ

本日2017年5月30日に、週刊女性のPRIMEのネットニュースに、懐かしい「川越美和」の名前が・・・。 でも、それは、最近の動向を示すものでは無かった。 最近、消息を尋ねるネットの書き込みがちらほら見られたけど、まあ、アイドル界は引退してしまえば、普通の主婦をやっていたりして、そんなに気にしなくなったりするんだけど、最近では、「あのアイドルは今」のような番組も増えて、アイドルのその後の以外な人生を歩んでいる姿を見て、また昔を懐かしむということを行っていますよね。 でも、今日の川越美和さんの記事は違っていました。 「え? 亡くなったの?」という内容の見出し。 そ、そんな唐突に。 当時アイドル、その後女優になったとはいえ、そんなに売れたアイドルでもないので、「川越美和」って言っても、「誰それ?」という、40代、50代の世代の人でも???なことでしょう。 とはいえ、20世紀アイドル写真館では、3回に渡って撮影しているので、それなりには、イベントは行われていました。 そのアイドルが亡くなったんだから、もっとニュースになってもいいと思っていたのが、実は9年も前の2008年4月22日に既に亡くなっていたというじゃありませんか。 それが、なぜ、今になって、記事になったのか、経緯はわかりませんが、9年もの間、亡くなったことも知らずに、川越美和さんの写真を普通に掲載していた当ブログもショックではあります。 しかも死因はよく分からず、謎の死とされたままですが、記事から察するに、かなり精神的に追い込まれていたような記述もあるので、察するとおりということなのかもしれません。 そこは、当ブログでも追わないことにします。 とはいえ、当時撮られた写真はやはり、この際、表舞台に出してあげないと、浮かばれないとも思いますし、輝いていたあの当時を知らない世代にももっと知って欲しいというのもあります。 上の写真は、熱唱中ですが、むしろ、歌唱力に方に定評のあるアイドルでした。 どこか遠くを見つめていますが、この日は、後述しますが、全国の親衛隊が集結しており、この当時は、今のように、「気軽に会いに行けるアイドル」ではなく、「雲の上のような存在のアイドル」という表現が適切な時代でした。 なので、ファンが気軽に近づきすぎて、万が一の事故が起こらないように、「親衛隊」がその名のとおり、ガッチリ守り抜いていたのです。 写真は時として変顔も撮れてしまいますが、今回は未公開写真も一斉に公開ということで掲載します。 これは、何かに感激して泣いてしまったのですが、隣の司会者が何かのエピソードを紹介したのではなかったかと思います。 右に丸く見えるのは、当時流行ったサンニッパの白レンズですね。 いわゆる300mm望遠なのに、F値が2. 8と明るいレンズ。 その代わり、胴体が大きくなる。 これはおそらくタムロンの方とおもいますが、私は、単焦点よりもズーム派でした。 なにかに驚いている様子ですが、何に驚いていたか、忘れました。 この振り返りの感じ、表情も今の時代に置き換えても、なかなかのものだったと思います。 なにに集中しているのか なにかファンの方から貰ったようです。 さらにズームアップ。 親衛隊の方々も、その功績をたたえてノーカット掲載です。 この全日本親衛隊同盟は、川越美和の他に、「南野陽子・浅香唯・大西結花・中村由真・小沢なつき・小高恵美・石田ひかり・高井麻巳子・岩井由紀子・我妻佳代・河合その子・杉浦幸・相楽ハル子・本田理沙・西田ひかる・田山真美子・白田あゆみ・姫乃樹リカ・麻田華子・伊藤智恵理・田中律子・山口由子・佐藤忍・中山忍・芹沢直美・渡瀬麻紀・安永亜衣・CoCo(大野幹代・羽田恵理香)・ribbon・Qlair・早坂好恵・堀川早苗・吉沢瞳・薬師寺容子・奥山佳恵・遠野舞子・宮田愛」の親衛隊もやっているけど、つっちーこと、土田晃之は、工藤静香の親衛隊だったので、別組織の「全国親衛隊連合」の方で、残念ながらこの中にはいないですね。 というわけで、今回は1988年11月29日の新宿西口広場のステージで撮影された当時15歳の写真をお届けしました。 もう30年近く前のイベントになりますね。 わずか35歳の人生でしたが、20世期アイドル写真館で永遠にその笑顔を届け続けます。 タグ : 新宿駅東口広場で、川越美和ちゃんのデビューイベントが開催されました。 10月21日発売のデビュー曲「Looking at You」を楽しそうに歌います。 お、視線が来ました。 が、感激のあまり、つい涙ぐんでしまう一幕も・・・。 しかし、すぐに持ち直しました。 ファンからプレゼントをもらいました。 さすがアイドルはいい歯並びですね。 この日は、「全日本親衛隊同盟」のみなさんも駆け付けてくれました。 なお、この「全日本親衛隊同盟」のみなさんは、特定のアイドルだけを応援するのではなく、複数のアイドルを応援する横断的な組織であった。 なお、この「全日本親衛隊同盟」はこの川越美和だけでなく、「南野陽子・浅香唯・大西結花・中村由真・小沢なつき・小高恵美・石田ひかり・高井麻巳子・岩井由紀子・我妻佳代・河合その子・杉浦幸・相楽ハル子・本田理沙・西田ひかる・田山真美子・白田あゆみ・姫乃樹リカ・麻田華子・伊藤智恵理・田中律子・山口由子・佐藤忍・中山忍・芹沢直美・渡瀬麻紀・安永亜衣・CoCo(大野幹代・羽田恵理香)・ribbon・Qlair・早坂好恵・堀川早苗・吉沢瞳・薬師寺容子・奥山佳恵・遠野舞子・宮田愛」も応援する組織なのだ。 なお、またこれとは別組織として、「全国親衛隊連合」という組織も同時期に活動しており、こちらは、「酒井法子・西村知美・伊藤美紀・仁藤優子・坂上香織・相川恵里・島田奈美・北岡夢子・藤谷美紀・真弓倫子・渡辺美奈代・渡辺満里奈・国生さゆり・工藤静香・生稲晃子・斉藤満喜子・中山美穂・中山忍・吉田真里子・国実百合・河田純子・田村英里子・増田未亜・千葉美加・細川直美・高橋由美子・田中陽子・寺尾友美・西野妙子・宍戸留美・木原美智子・山中すみか・田山真美子・桜井幸子・BABY'S・CoCo 宮前真樹・三浦理恵子・瀬能あづさ ・中嶋美智代・堀川早苗・花島優子・Cotton・加藤紀子・胡桃沢ひろ子・新島弥生・木内美歩・小田茜 」らを対象として応援活動を行っていた。 この当時のアイドルキャンペーンのイベント会場は、これら親衛隊や我らカメラ少年、そして一般のファンと入り乱れて応援合戦が繰り広げられていた、なんとも懐かしい時代である。 8 1982年11月~1986年1月 Canon AE-1 Program 70mm-210mm F4 1986年2月~2000年12月 Canon T-90 Tokina 100mm-300mm F4 2001年1月~2002年3月 Canon IXY-DIGITAL 35mm-70mm F2. 8-4 2002年4月~2006年9月 Canon IXY-DIGITAL200a 35mm-70mm F2. 8-4 2006年10月~2010年4月 SANYO Xacti DMX-C6 38mm-190mm F3. 5-4. 7 2010年5月~ Canon PowerShot SX20 IS 28mm-560mm F2. 8-5.

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川越美和の引退理由や謎の死去で死因は?ヌード画像が存在する?

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本日2017年5月30日に、週刊女性のPRIMEのネットニュースに、懐かしい「川越美和」の名前が・・・。 でも、それは、最近の動向を示すものでは無かった。 最近、消息を尋ねるネットの書き込みがちらほら見られたけど、まあ、アイドル界は引退してしまえば、普通の主婦をやっていたりして、そんなに気にしなくなったりするんだけど、最近では、「あのアイドルは今」のような番組も増えて、アイドルのその後の以外な人生を歩んでいる姿を見て、また昔を懐かしむということを行っていますよね。 でも、今日の川越美和さんの記事は違っていました。 「え? 亡くなったの?」という内容の見出し。 そ、そんな唐突に。 当時アイドル、その後女優になったとはいえ、そんなに売れたアイドルでもないので、「川越美和」って言っても、「誰それ?」という、40代、50代の世代の人でも???なことでしょう。 とはいえ、20世紀アイドル写真館では、3回に渡って撮影しているので、それなりには、イベントは行われていました。 そのアイドルが亡くなったんだから、もっとニュースになってもいいと思っていたのが、実は9年も前の2008年4月22日に既に亡くなっていたというじゃありませんか。 それが、なぜ、今になって、記事になったのか、経緯はわかりませんが、9年もの間、亡くなったことも知らずに、川越美和さんの写真を普通に掲載していた当ブログもショックではあります。 しかも死因はよく分からず、謎の死とされたままですが、記事から察するに、かなり精神的に追い込まれていたような記述もあるので、察するとおりということなのかもしれません。 そこは、当ブログでも追わないことにします。 とはいえ、当時撮られた写真はやはり、この際、表舞台に出してあげないと、浮かばれないとも思いますし、輝いていたあの当時を知らない世代にももっと知って欲しいというのもあります。 上の写真は、熱唱中ですが、むしろ、歌唱力に方に定評のあるアイドルでした。 どこか遠くを見つめていますが、この日は、後述しますが、全国の親衛隊が集結しており、この当時は、今のように、「気軽に会いに行けるアイドル」ではなく、「雲の上のような存在のアイドル」という表現が適切な時代でした。 なので、ファンが気軽に近づきすぎて、万が一の事故が起こらないように、「親衛隊」がその名のとおり、ガッチリ守り抜いていたのです。 写真は時として変顔も撮れてしまいますが、今回は未公開写真も一斉に公開ということで掲載します。 これは、何かに感激して泣いてしまったのですが、隣の司会者が何かのエピソードを紹介したのではなかったかと思います。 右に丸く見えるのは、当時流行ったサンニッパの白レンズですね。 いわゆる300mm望遠なのに、F値が2. 8と明るいレンズ。 その代わり、胴体が大きくなる。 これはおそらくタムロンの方とおもいますが、私は、単焦点よりもズーム派でした。 なにかに驚いている様子ですが、何に驚いていたか、忘れました。 この振り返りの感じ、表情も今の時代に置き換えても、なかなかのものだったと思います。 なにに集中しているのか なにかファンの方から貰ったようです。 さらにズームアップ。 親衛隊の方々も、その功績をたたえてノーカット掲載です。 この全日本親衛隊同盟は、川越美和の他に、「南野陽子・浅香唯・大西結花・中村由真・小沢なつき・小高恵美・石田ひかり・高井麻巳子・岩井由紀子・我妻佳代・河合その子・杉浦幸・相楽ハル子・本田理沙・西田ひかる・田山真美子・白田あゆみ・姫乃樹リカ・麻田華子・伊藤智恵理・田中律子・山口由子・佐藤忍・中山忍・芹沢直美・渡瀬麻紀・安永亜衣・CoCo(大野幹代・羽田恵理香)・ribbon・Qlair・早坂好恵・堀川早苗・吉沢瞳・薬師寺容子・奥山佳恵・遠野舞子・宮田愛」の親衛隊もやっているけど、つっちーこと、土田晃之は、工藤静香の親衛隊だったので、別組織の「全国親衛隊連合」の方で、残念ながらこの中にはいないですね。 というわけで、今回は1988年11月29日の新宿西口広場のステージで撮影された当時15歳の写真をお届けしました。 もう30年近く前のイベントになりますね。 わずか35歳の人生でしたが、20世期アイドル写真館で永遠にその笑顔を届け続けます。 タグ : 新宿駅東口広場で、川越美和ちゃんのデビューイベントが開催されました。 10月21日発売のデビュー曲「Looking at You」を楽しそうに歌います。 お、視線が来ました。 が、感激のあまり、つい涙ぐんでしまう一幕も・・・。 しかし、すぐに持ち直しました。 ファンからプレゼントをもらいました。 さすがアイドルはいい歯並びですね。 この日は、「全日本親衛隊同盟」のみなさんも駆け付けてくれました。 なお、この「全日本親衛隊同盟」のみなさんは、特定のアイドルだけを応援するのではなく、複数のアイドルを応援する横断的な組織であった。 なお、この「全日本親衛隊同盟」はこの川越美和だけでなく、「南野陽子・浅香唯・大西結花・中村由真・小沢なつき・小高恵美・石田ひかり・高井麻巳子・岩井由紀子・我妻佳代・河合その子・杉浦幸・相楽ハル子・本田理沙・西田ひかる・田山真美子・白田あゆみ・姫乃樹リカ・麻田華子・伊藤智恵理・田中律子・山口由子・佐藤忍・中山忍・芹沢直美・渡瀬麻紀・安永亜衣・CoCo(大野幹代・羽田恵理香)・ribbon・Qlair・早坂好恵・堀川早苗・吉沢瞳・薬師寺容子・奥山佳恵・遠野舞子・宮田愛」も応援する組織なのだ。 なお、またこれとは別組織として、「全国親衛隊連合」という組織も同時期に活動しており、こちらは、「酒井法子・西村知美・伊藤美紀・仁藤優子・坂上香織・相川恵里・島田奈美・北岡夢子・藤谷美紀・真弓倫子・渡辺美奈代・渡辺満里奈・国生さゆり・工藤静香・生稲晃子・斉藤満喜子・中山美穂・中山忍・吉田真里子・国実百合・河田純子・田村英里子・増田未亜・千葉美加・細川直美・高橋由美子・田中陽子・寺尾友美・西野妙子・宍戸留美・木原美智子・山中すみか・田山真美子・桜井幸子・BABY'S・CoCo 宮前真樹・三浦理恵子・瀬能あづさ ・中嶋美智代・堀川早苗・花島優子・Cotton・加藤紀子・胡桃沢ひろ子・新島弥生・木内美歩・小田茜 」らを対象として応援活動を行っていた。 この当時のアイドルキャンペーンのイベント会場は、これら親衛隊や我らカメラ少年、そして一般のファンと入り乱れて応援合戦が繰り広げられていた、なんとも懐かしい時代である。 8 1982年11月~1986年1月 Canon AE-1 Program 70mm-210mm F4 1986年2月~2000年12月 Canon T-90 Tokina 100mm-300mm F4 2001年1月~2002年3月 Canon IXY-DIGITAL 35mm-70mm F2. 8-4 2002年4月~2006年9月 Canon IXY-DIGITAL200a 35mm-70mm F2. 8-4 2006年10月~2010年4月 SANYO Xacti DMX-C6 38mm-190mm F3. 5-4. 7 2010年5月~ Canon PowerShot SX20 IS 28mm-560mm F2. 8-5.

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川越美和の引退理由や謎の死去で死因は?ヌード画像が存在する?

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川越美和さんのプロフィール 名前:川越美和 かわごえみわ 生年月日:1973年1月3日 出身地:鹿児島県肝属郡大根占町 身長:162cm 血液型:A型 学歴:明治大学付属中野高等学校定時制を卒業 趣味:2匹のフレンチブルドッグとの街探検の散歩、絵本を集めること、音楽、読書 特技:日本舞踊 川越美和さんってど~いう人? 川越美和さんのデビューは歌手としてでした。 翌年に放送されたドラマ「時間ですよ・平成元年」に抜擢され、女優として頭角を表してきます。 歌手デビューの同期には、島崎和歌子さんやマルシアさんがいます。 惜しくも2007年に芸能界を引退していまうのですが、それまでの間に、数々のシングルを発売したり、数々のドラマや映画に出演してきました。 中でも有名な楽曲がドラマ「天までとどけ」の主題歌に起用されていた「涙くんさよなら」ではないでしょうか? こんな曲です!聞いたことがある人も多いはず! では、川越美和さんのことが、すこ~し分かったところで、本題へ移りましょう! 川越美和さんの引退理由は何? まずは、 川越美和さんの引退理由について! 川越美和さんが芸能界を引退したのは2007年の時でした。 最後に女優として出演した作品は「ゲゲゲの鬼太郎」です。 ヒロインを務めた井上真央さんの母親役での出演。 当時まだ34歳くらいでしょうから、一体なぜ芸能界を引退してしまったのか?理由が気になりますね。 芸能界では、こういった突然引退するケースが多々ありますね。 江角マキコさんや成宮寛貴さんなども記憶に新しいかと思います。 しかし、川越美和さんが芸能界を引退した理由については、どこを探しても見つかりませんでした・・・。 なので、川越美和さん自身にしか分からないことなのだと思います。 因みに芸能界を引退したあとは、不動産会社でテレアポの仕事をしていたそうですよ!しかも好成績だったんだとか! 川越美和さんが謎の死去…死因は? 川越美和さんが死去したのは2008年4月22日でした。 死去する一週間ほど前に引っ越しをしていた川越美和さん。 異変に気付いたのは、大家さんだったそうで、警察と一緒に部屋に入ると、川越美和さんが一人で死去しているのを発見するのです。 この時、死去から3~4日ほど経過していた模様。 この状況を踏まえると、川越美和さんは結婚していなかったのではないか?と推測できます。 しかし、過去に1人だけ川越美和さんと熱愛の噂があった人物がいました。 その人物は「スチャダラパー」のBoseさん!結婚までには至らず破局したと思われますが、熱愛の噂は事実のようです。 では、川越美和さんはなぜ死去したのか?ってことなんですが、死因については明確では無いものの、心不全などの突然死を起こす病気だったのではないか?あるいは、栄養失調による餓死などが予測できます。 自殺だったら遺体で分かると思うので、綺麗な状態だったのでしょうね・・・。 亡くなるまでの約1年間を知る彼は、今まで語られなかった川越さんの死について、その知るところを話してくれた。 引退後、川越さんがついたのは不動産会社のテレホンアポイントの仕事。 そこで、前出の城野氏と会うことになる。 「川越さんが会社に入ってきて、びっくりしましたよ。 時給は1400円ほどで1本契約を取るごとに5万円とか入る仕組みで、彼女はかなり、いい成績でした」 このころ、川越さんは会社が用意した墨田区内のマンションで、フレンチブルドッグ2匹と暮らしていたという。 「何度か街で見かけたのですが、いつも帽子やフードをかぶり、あまり芸能人オーラを感じませんでした。 当時はフレンチブルドッグが珍しかったから覚えているんですよね」(近所に住む男性) また、近所での彼女のある行動がとても印象に残っている人がいた。 「(写真を見て)この人、よく覚えていますよ。 そんなことは初めて言われたので、正直、びっくりしましたね。 芸能界にいたころは、広尾あたりに住んでミニクーパーに乗っていたそうです。 でも、芸能関係の悪い人間に引っかかって、何かの保証人になってしまったみたい。 「犬が爪で引っかいたのか、部屋の床や壁がめちゃくちゃになっていたんです。 彼女は80万円くらい請求されてましたね。 そのころから精神状態がひどくなって。 ある日、錦糸町のクリニックから出てきたら、コンビニのビニール袋みたいな大きさで2袋分くらい薬をもらってきていたんです。 10種類くらい服用しているようでした」(城野氏) その引っ越しトラブルについては彼女の元上司だった大野計氏も鮮明に覚えていた。 そして、大田区内にある羽田空港にほど近い、木造アパートに逃げ込むように移ったという。 警察と一緒に入ったら川越さんはひとりで死んでいたそうです。 死因は心不全とかじゃないかな。 亡くなってから発見されるまで3、4日たっていたと聞いています。 少し前に会ったときは、食事をしていないようで、ガリガリでかろうじてしゃべっているような感じでした。 部屋には犬のエサの袋が何個か積んであったみたいですが、お腹をすかせた犬が破いたのか袋が散乱していたそうです」(城野氏) 彼が川越さんの死を知ったのは、大田区の福祉関係の部署から「亡くなったので犬を引き取ってほしい」と連絡が来たからだという。 家族が出てきてパッと持っていかれ、僕は最期のお別れができなかったんです。 お父さんとは電話で話しているところは見ましたが、姉妹とは何十年も交流がないって言ってましたよ。 いきなりピシャッとカーテンを閉められてしまった感じで、やるせなさと悔しさをずっと感じたままなんです」(城野氏) 川越さんは実家があった鹿児島県錦江町にあるお墓に静かに眠っている。 享年35歳と書かれた墓碑銘が寂しさをより一層、かき立てる。 「葬儀はやらず、親族だけで四十九日だけやったって聞いてます。 美和ちゃんが亡くなった3年後に父親も亡くなり、母親は長野県に嫁いだ彼女の姉さんのところに住んでますよ。 妹さんも嫁いで出てしまったし、実家は空き家になっていて売りに出しているそうですよ」(実家の近隣住民) すでに、川越さんの実家は解体が進んでおり、在りし日の面影はない。 そこで、近所に住む叔父さん宅を訪ねたが、 「何も話せないよ。 美和の妹がいるから、聞いてみてよ」 と鹿児島県内に住む彼女の妹さんに電話をしてくれたが、 「いまさら話すことは何もありません」 と、にべもなく断られてしまった。 そんな矢先に亡くなって、無念だったと思いますよ」(城野氏) お墓からは、彼女が小さいころから見て育った美しい錦江湾が眺められる。 波の音を聞きながら、彼女は安らかに眠っている……合掌。 合掌! ・90年代に活躍を知ったいただけに、地味にショックを受けた。 この人の歌う「涙くんさよなら」は名曲だったな……。 御冥福をお祈りします。 ・この人覚えてる、、、素朴な良い感じの人だったね。 東京は合わなかったんじゃないかなあ。 ・読んでいてとても切なさとショックを受けた。 不思議なのは身内の彼女への冷たさ。 一体何があったのかと思う。 それにしても35歳は若すぎる。 心からご冥福をお祈り申し上げます。 川越美和さんのヌード画像が存在する? 最後に、川越美和さんの気になる噂! それは、過去に ヌードを披露したことがあるんだとか!! 事実なら、やっぱ見てみたいですよね? と言うわけで調べてみると・・・。 悲しいさと共になんか残念ですね。 心よりご冥福をお祈りいたします。

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