バチカン 市 国 国旗。 世界の国々 / ヨーロッパ / バチカン

バチカン市国国旗の意味と由来、似てる国旗は?

バチカン 市 国 国旗

旗竿側に黄色(金色)、旗尾側に白色(銀色)が配色されています。 旗比率は1:1。 正方形という結構珍しい部類の旗比率となります。 旗尾側の白色部分には紋章が配置されています。 交叉した金と銀の鍵と、三重になった法王の冠です。 まず、この黄色と白色(金色と銀色)の色の由来ですが、二通りの説があります。 ん?黄色なのか金色なのかはっきりしろ? …。 普通に観たら黄色と白色ですねハイ。 さて…第一次十字軍といえばもっとも成功したとも言われている十字軍でした。 が、その実態は地方領主の寄せ集めだったのです。 ただし、ここで誤解してはいけないのですが… 当時はまだ、王に対する中央集権化が進んでいませんでした。 いうなれば群雄割拠の時代だったのです。 王という肩書はなくとも、その勢力ならばフランス王や神聖ローマ帝国皇帝に劣らないという地方領主が割と居たのです。 いうなれば日本で言う処の戦国時代的なイメージでしょうか? で、そんな中、ローマ法王が聖地イェルサレムを奪回せよ!! と、演説をしたのに賛同した何人かの諸侯が集まってイェルサレム奪還の為に戦ったのが第一次十字軍でした。 で、参戦者の中で自然と総大将と目されていったとされているのが… ロレーヌ公ゴドフロア、でした。 彼は神聖ローマ帝国の領主でした。 当時、神聖ローマ帝国皇帝とローマ法王は敵対関係にありました。 彼自身、グレゴリウス法王をローマに追い詰めた際、神聖ローマ帝国軍に従軍していたと言われています。 じゃあ何でその後継者のウルバン二世の提唱する十字軍に参戦したんだよ!! と、思いますよね? そうですね、世間一般ではゴドフロアが参戦した理由が解らん!! と、言われています。 しかもその彼の旗が今のバチカンの国旗に使われているとか尚更謎的な…? 因みに、彼のロレーヌ公家の紋章は黄色地に赤の斜め帯と鷹です。 おかしいですね? 黄色はあるけど白色がありません… 因みに彼の軍の装備は十字軍でも最優だったと言われています。 イェルサレム奪還後、彼はキリストの墓所の守り人とされ、イェルサレム防衛に、十字軍国家設立に骨を折ります。 フランス王の弟ユーグ。 この人はフランス王に俺の代理で行け。 と言われてきた人でした。 但し、兵力は全く貰えていませんでした。 なんという無茶振り。 プーリア伯ボエモンド。 当時最強民族であったノルマン王家の一人。 南イタリアを数十騎(200人)でビザンチン帝国から解放し、その後イスラム支配下のシチリアまでも制覇。 地中海の中央にノルマン王朝を打ち立てた勇士の子孫です。 戦闘になれたノルマンの一族郎党を連れていたことから、練度は最も高かったと言われています。 彼の紋章は青地に白と赤の格子斜め帯です。 ノルマンディー公ロベール。 征服王ウィリアムの長男です。 父親に反発して反乱してイギリス王位をふいにしたりしたいまいち容量の悪い人でした。 彼の紋章は赤地に金色の獅子。 ブロア伯エティエンヌ。 征服王ウィリアムの娘を妻に持つ、遠征参加した諸侯で最も裕福とされる人。 この人は妻に参戦しろ!! と言われて渋々参戦しました…(笑) やはり嫌だったのか途中イェルサレムへ向かいもせず早々に脱落(まともに戦いもしていない…)しますが… 妻に何してんの!! と怒られて再び従軍するというどう見ても恐妻家です。 ただ、このブロア伯の紋章が青地に銀と黄色の斜め帯… 今のバチカン市国の国旗の配色と似ていませんか? 気になりますね。 フランドル伯ロベール。 幼少期から周辺の領主との小競り合いをしてきた歴戦の勇士。 騎兵五百を率いて参戦。 数は少なくとも精鋭ぞろいだった彼の軍は遊撃隊として非常に役に立ちました。 また、イェルサレム奪還後、速やかに本国に帰った人でもあります。 彼の紋章は黄色地に黒の獅子でした。 トゥールーズ伯サン・ジル 第一次十字軍に参戦した中では最大規模の勢力の持ち主でしたが… 著者の中ではやらかし伯という仇名があるくらいおっちょこちょいのやらかし公でした。 従える軍勢は五万と言われており、第一次十字軍では最大規模の軍を率いていましたが、人望が無く… ただし、当時十字軍を提唱した法王ウルバン二世は彼を総大将に。 というつもりではあったようです。 最大のやらかし事件は、占領した街に部下を放置。 部下は飢餓に耐えきれず死体を… というので大騒ぎに。 また、イェルサレム奪還後、誰がイェルサレムを支配するか、という議論において… 自分に人望が無い事を知っていた彼は策を弄します。 諸侯達に対して「私は最年長者だが、聖なる都の王になるのは気が引けてしまうな」と。 こういえば皆、遠慮してイェルサレム王にはならないだろう、と思ったのです。 しかし、それを聞いた諸侯はよっしゃぁ!!サン・ジルが辞退した!! と、思い(サン・ジルが王になったら困ると皆思っていたようですね…)ゴドフロアに王位につくよう求めたのです。 予想外の展開に気を悪くした彼は、イェルサレムを出て行ってしまいます(笑) そんな彼でしたが、イェルサレム奪還後、イェルサレムから出て行った後、亡くなる前にイェルサレム維持に必要な働きをしました。 彼の紋章は青地に黄の百合でした。 因みにゴドフロアは王、は名乗っていません。 キリストの墓地の守り手、と名乗っていました。 第一次十字軍で、イェルサレムの王になったのはゴドフロアでしたので… 彼の紋章が配色の由来、というのはありえる話です。 が、問題は彼の紋章は黄色しかない事です。 むしろブロア伯の方が黄色と銀色なんですが…という話になります。 という訳で二番目の説が登場します。 1808年以降の法王庁の衛兵の帽章の色。 という説です。 尚、バチカンではスイス人の衛兵を用いていますが… そのスイスの国旗の縦横比もなんと1:1!! これは面白い偶然の一致です。 因みに、現在ではこちらの説が一般的との事です。 次に、旗の右側の国章についてです。 中央の三重になっている法王の冠は法王が持つ三つの権力を象徴しています。 司祭権、司牧権、共同権です。 そして交叉する金と銀の鍵は聖ペテロの鍵と言われています。 金の鍵は天国での権威。 銀の鍵は地上における教皇の霊的司牧権能を意味します。 金の鍵と銀の鍵を結ぶ紐は天国と現世の二つの権威が連動している事を示しているようです。 ローマ法王は、元々はローマ市内のラテラノ宮殿に居住していました。 しかし、14世紀、ラテラノ宮殿が2度の火災により使えなくなりました。 そこで現在のバチカン内に法王宮殿を建設し、そこに居住することになったのです。 また、19世紀頃までローマ法王は法王領としてイタリア半島中部に領土を所持していました。 当時使われていた旗の一つです。 既に金と銀の鍵、法王冠がありますね。 1870年、普仏戦争により、法王領を守備していたフランス軍が撤退。 イタリア軍が法王領を全て接収。 法王領はイタリア領となりました。 1871年、イタリア政府はローマ法王にバチカンとラテラノ宮殿の所有のみを認める。 これに怒ったローマ法王ピウス9世はバチカンに引きこもります。 ローマ法王もひきこもるんですね…(違 1929年2月11日、イタリア政府とバチカンが和解。 バチカンは法王領の権利を放棄する代償としてバチカンを独立国家としたのです。 こうして1929年6月8日、バチカン市国の国旗が制定されました。 バチカン市国の由来 バチカンという名称はウァティカヌスの丘(Mons Vaticanus)に由来しています。 この丘は、ローマで殉教した使徒ペテロの埋葬地なのです。 エストラスク語で「神託や予言」という意味もあります。 元々ローマは七つの丘に囲まれた丘陵地で… あ、関係無いですねハイ。 バチカンについて調べていて驚いたのは皇居の方が大きいという事(笑)と 使用されている言語多過ぎじゃないの?という事ですね。 ラテン語が公用語というのは知りませんでした。 ラテン語が学名等で使われている理由が死んだ言語(使われていない)だから という話を聞いた事があるのですが… 死んでないじゃん現役じゃん!!と、思いましたとさ… 尚、何故使われていない言語が良いのかというと、言葉というのは時代で変化していくものだから 使われていない言語なら変化しないから、という理由らしいです。 また、第一回十字軍についてあれこれ書きましたが、興味が沸いた人は十字軍物語をどうぞお読みください。

次の

バチカンの国旗

バチカン 市 国 国旗

有名なサン・ピエトロ大聖堂• バ痴漢• バカチン• げっ!先に投稿されてたァ!!(by博多っ子)• 街行く人すべてがキリスト教徒• 観光客で仏教徒の日本人もいるよ。 ただキリスト教徒の日本人の比率は日本国内よりは高いだろう。 厳格な仏教国のタイやスリランカやブータンの人でも観光入国してるし、社会主義者や無神論者もたまには入国してる• 珍妙な服を着た衛士がいる• 実はスイス人でスイスから歩いて来た。 実はミケランジェロのデザイン• と言うのは真っ赤な嘘で、実際は20世紀頃に定着したデザイン。 もとは只のつぎはぎ模様。 高いところにいくと国土全体が見渡せるくらい狭い。 人口は千人も居ない。 バチカン国籍を持てるのは法王に仕える聖職者のみ。 一般人は例え国内で生まれてもバチカン国籍はもらえない(イタリアになるらしい)• 法王含め、国民全員が二重国籍ということになる。 バチカンに定数500人の衆議院と、定数250人の参議院を開設したら、一般国民の皆さんは200人しかいなくなる。 面積は0. 44平方キロなので、人口よりも、1平方キロ当たりで表す人口密度の数字のほうが大きい。 しかし、いつも観光客だらけで混んでいる。 昼夜人口密度が気になるところ・・・。 ヤマログと双璧を成すLOGiNのお笑い記事。 実は軍隊がちゃんとある。 でも警備しているのはイタリアの警察とスイス人のカトリック信者。 衛兵隊は今年(2006. 22)で創立500年を迎えた。 主な武器は催涙スプレー。 もし、との戦争になったら・・・。 ローマからバチカンへの電気は止められ、ガスは毒ガスに換えられ、水道には汚物を混ぜられて、あっというまに大混乱になる。 それはやなども同じ事。 そもそもイタ公にそんな気概と頭があるかどうか。 しかし、そこまでしてもイタリアが負けてしまう。 世界10億を超える全カソリックを敵にまわすのは無理無謀。 イタリア国民の大半はカトリックなので、まず政府が国民を敵に回すことになる。 つ「政府を運営してるのは国民」• 国土全域がでもあるので、「世界遺産に手を出すのかコノヤロー!」と国際社会からもニラまれるハメになる。 バチカン1986年発行記念切手・世界遺産バチカン• しかし、イタリアの再統一運動でバチカンは教皇領を取り上げられた際教皇庁がブチ切れ、それから長らくイタリア政府と絶縁状態だった。 この状況をラテラノ条約を結ぶことで解決した人物こそあのムッソリーニである。 とりあえず郵便はここで出せ。 と、よく言われる。 イタリアより安いため• 特別安いとは思えませんが。 むしろ速さが評価されています。 イタリアの郵便局がダメすぎるので、相対的にバチカンが高評価になる。 バチカンから手紙を出すときはイタリアの切手を貼らないように注意しましょう。 同じ日、同じ時間にイタリアのローマ市内ポストとヴァチカンのポストから日本に郵便を送ったら、後者が1週間早く届いたそう。 ローマ市民曰く「天使の郵便」らしい。 イスカリオテのユダの名を冠した秘密部隊がある。 法王庁特務局第13課• 長はエンリコ・マクスウェル氏• バチカン美術館に「コノヒトオカマデス」という職員がいる• この国を知っている人が多いのはひとえにその世界最小面積による。 だからなんて知らない人が多い。 カジノとF1のおかげで知名度は高いと思いますけど。 なんでこんな国ができたかというと、イタリア統一のときに教皇領を没収したので教皇がいじけてヒキコモリになってしまい、後にムッソリーニが和解して独立国の地位を認めることにしたから。 国連には正式加盟してないが、国連大使は出している。 今のところ「投票権だけない加盟国」のレベルにまで地位を向上させている。 投票権はバチカン側の要望であえて放棄しているらしい。 世俗に関与しすぎない事は宗教者の鉄則。 但し世俗がナメた態度を取ったら天罰術式発動・・・• 公用語はといっているが普段、国民はを使用。 ちなみに警備しているスイス人傭兵は。 ラテン語は公文書やミサにしか使わない。 教会ラテン語は正にロマンですよ。 いろんな秘密を隠している。 公認エクソシストがいる、とか。 ナチスの隠し財産が眠っているという説もある。 ローマ市内に飛地を持っている。 教皇の別荘やラジオの送信所など。 ラジオ送信所は電波が強すぎて「周辺住民の白血病の原因になっている」として問題になったこともある。 なんとサッカーの代表チームがあるらしい。 FIFAには加盟してない。 カトリック国ブラジルからメンバーを帰化させてバチカン代表を強化しようという野望を諦めていない。 ほんとの国名は「バチカン市国」だ。 英語だと「Vatican City」…、「バチカン市」と勘違いしそうだ。 独裁政権なのにアメリカがいちゃもんをつけない唯一の国。 独裁では無いと思うが。 普通の国家とは性質が異なりますから。 アメリカもキリスト教圏だからだよ。 現法王がなのは公然の秘密• 教皇と言いましょう。 そんな決まりはない• 実はUSJより狭い• 日比谷公園よりも狭いらしい。 犬山モンキーセンターと同じ面積だって聞いたことがある• どっちにしろ、地方人には、。 とほぼ同じ大きさらしい。 東京ドームの10倍あるかないか。 反物質(核以上の威力を持つ)というものを密かに送り込まれていた。 国旗が世界で唯一、正方形。 いや、スイスもある。 国旗の図鑑とか見るとスイスは2:3に引き伸ばされるのに何故かバチカンは正方形のまま• 「バチカン駅」が存在するが、貨物用なので一般の乗客は乗れない。 (イタリア国内とつながっている)• バチカン国鉄ってあったよな• 地下鉄、路面電車は・・・あるわけないか。 一般乗客はイタリアの駅へ行くのか?• ローマ地下鉄のOttaviano駅から歩く人が大多数。 昔は参拝客の団体列車を受け入れてたらしい。 乗り鉄向けの観光列車を走らせれば受けそうな気がする。 ヨーロッパでは唯一台湾を中華民国として認めている。 共産主義とは犬猿の仲。 宗教の自由を認めない一党独裁国家であるから、というのが中国と国交を結ばない理由らしい。 バチカンもそうだろ、って違いますよ。 教皇様はあらゆる宗教の信徒に平等に慈愛の心を持っておられますから(某イタリア人談)• ゆえに冷戦時代は明確に「西側諸国」に属していた。 実は日本と国交がある。 東京には大使館まである。 名称は「ローマ法王庁大使館」。 「ローマ 教皇庁大使館」に改めたいのだが認めてもらえない。 現駐日大使は大司教様。 親日国らしいが当然ながら話題にならない。 世界で最も優秀な諜報機関がある。 国家元首を根比べで決めている。 ジイさんがたの頭から白い煙が上がるころ、新教皇が決まる。 決まら無い場合、髪の毛に延焼して黒煙が出る。 手順を間違えて、煙の色が灰色になるというボケをかましたことがある。 「煙の色が分かりにくい」という声があったため最近では鐘を鳴らして根競べ終了の合図としている。 こんなに狭い国なのにScreamoバンドがいる Hopes Die Last• サン・ピエトロ大聖堂前のメインストリートはムッソリーニが作った。 ひっくり返すと森になる。 イタリアとの国境には、ロープが張られているだけ。 それはサン・ピエトロ広場の辺りだけで、あとは壁でっせ。 入国審査は無い。 バリカンではない。 とある陰謀論によるとイエスズ会の中心になっているらしい。 ここのトイレは無料でしかもキレイで驚いた。 とは大違い。 意外なことにイスラム教シーア派の最高指導者が国家元首になっているイランとは国交がある。 古代ローマ時代には墓地だった。 地味にヘリポートがある。 1980年のシスティーナ礼拝堂のフレスコ画全面修復作業では、が資金の提供をした。

次の

世界の国旗図鑑

バチカン 市 国 国旗

旗竿側に黄色(金色)、旗尾側に白色(銀色)が配色されています。 旗比率は1:1。 正方形という結構珍しい部類の旗比率となります。 旗尾側の白色部分には紋章が配置されています。 交叉した金と銀の鍵と、三重になった法王の冠です。 まず、この黄色と白色(金色と銀色)の色の由来ですが、二通りの説があります。 ん?黄色なのか金色なのかはっきりしろ? …。 普通に観たら黄色と白色ですねハイ。 さて…第一次十字軍といえばもっとも成功したとも言われている十字軍でした。 が、その実態は地方領主の寄せ集めだったのです。 ただし、ここで誤解してはいけないのですが… 当時はまだ、王に対する中央集権化が進んでいませんでした。 いうなれば群雄割拠の時代だったのです。 王という肩書はなくとも、その勢力ならばフランス王や神聖ローマ帝国皇帝に劣らないという地方領主が割と居たのです。 いうなれば日本で言う処の戦国時代的なイメージでしょうか? で、そんな中、ローマ法王が聖地イェルサレムを奪回せよ!! と、演説をしたのに賛同した何人かの諸侯が集まってイェルサレム奪還の為に戦ったのが第一次十字軍でした。 で、参戦者の中で自然と総大将と目されていったとされているのが… ロレーヌ公ゴドフロア、でした。 彼は神聖ローマ帝国の領主でした。 当時、神聖ローマ帝国皇帝とローマ法王は敵対関係にありました。 彼自身、グレゴリウス法王をローマに追い詰めた際、神聖ローマ帝国軍に従軍していたと言われています。 じゃあ何でその後継者のウルバン二世の提唱する十字軍に参戦したんだよ!! と、思いますよね? そうですね、世間一般ではゴドフロアが参戦した理由が解らん!! と、言われています。 しかもその彼の旗が今のバチカンの国旗に使われているとか尚更謎的な…? 因みに、彼のロレーヌ公家の紋章は黄色地に赤の斜め帯と鷹です。 おかしいですね? 黄色はあるけど白色がありません… 因みに彼の軍の装備は十字軍でも最優だったと言われています。 イェルサレム奪還後、彼はキリストの墓所の守り人とされ、イェルサレム防衛に、十字軍国家設立に骨を折ります。 フランス王の弟ユーグ。 この人はフランス王に俺の代理で行け。 と言われてきた人でした。 但し、兵力は全く貰えていませんでした。 なんという無茶振り。 プーリア伯ボエモンド。 当時最強民族であったノルマン王家の一人。 南イタリアを数十騎(200人)でビザンチン帝国から解放し、その後イスラム支配下のシチリアまでも制覇。 地中海の中央にノルマン王朝を打ち立てた勇士の子孫です。 戦闘になれたノルマンの一族郎党を連れていたことから、練度は最も高かったと言われています。 彼の紋章は青地に白と赤の格子斜め帯です。 ノルマンディー公ロベール。 征服王ウィリアムの長男です。 父親に反発して反乱してイギリス王位をふいにしたりしたいまいち容量の悪い人でした。 彼の紋章は赤地に金色の獅子。 ブロア伯エティエンヌ。 征服王ウィリアムの娘を妻に持つ、遠征参加した諸侯で最も裕福とされる人。 この人は妻に参戦しろ!! と言われて渋々参戦しました…(笑) やはり嫌だったのか途中イェルサレムへ向かいもせず早々に脱落(まともに戦いもしていない…)しますが… 妻に何してんの!! と怒られて再び従軍するというどう見ても恐妻家です。 ただ、このブロア伯の紋章が青地に銀と黄色の斜め帯… 今のバチカン市国の国旗の配色と似ていませんか? 気になりますね。 フランドル伯ロベール。 幼少期から周辺の領主との小競り合いをしてきた歴戦の勇士。 騎兵五百を率いて参戦。 数は少なくとも精鋭ぞろいだった彼の軍は遊撃隊として非常に役に立ちました。 また、イェルサレム奪還後、速やかに本国に帰った人でもあります。 彼の紋章は黄色地に黒の獅子でした。 トゥールーズ伯サン・ジル 第一次十字軍に参戦した中では最大規模の勢力の持ち主でしたが… 著者の中ではやらかし伯という仇名があるくらいおっちょこちょいのやらかし公でした。 従える軍勢は五万と言われており、第一次十字軍では最大規模の軍を率いていましたが、人望が無く… ただし、当時十字軍を提唱した法王ウルバン二世は彼を総大将に。 というつもりではあったようです。 最大のやらかし事件は、占領した街に部下を放置。 部下は飢餓に耐えきれず死体を… というので大騒ぎに。 また、イェルサレム奪還後、誰がイェルサレムを支配するか、という議論において… 自分に人望が無い事を知っていた彼は策を弄します。 諸侯達に対して「私は最年長者だが、聖なる都の王になるのは気が引けてしまうな」と。 こういえば皆、遠慮してイェルサレム王にはならないだろう、と思ったのです。 しかし、それを聞いた諸侯はよっしゃぁ!!サン・ジルが辞退した!! と、思い(サン・ジルが王になったら困ると皆思っていたようですね…)ゴドフロアに王位につくよう求めたのです。 予想外の展開に気を悪くした彼は、イェルサレムを出て行ってしまいます(笑) そんな彼でしたが、イェルサレム奪還後、イェルサレムから出て行った後、亡くなる前にイェルサレム維持に必要な働きをしました。 彼の紋章は青地に黄の百合でした。 因みにゴドフロアは王、は名乗っていません。 キリストの墓地の守り手、と名乗っていました。 第一次十字軍で、イェルサレムの王になったのはゴドフロアでしたので… 彼の紋章が配色の由来、というのはありえる話です。 が、問題は彼の紋章は黄色しかない事です。 むしろブロア伯の方が黄色と銀色なんですが…という話になります。 という訳で二番目の説が登場します。 1808年以降の法王庁の衛兵の帽章の色。 という説です。 尚、バチカンではスイス人の衛兵を用いていますが… そのスイスの国旗の縦横比もなんと1:1!! これは面白い偶然の一致です。 因みに、現在ではこちらの説が一般的との事です。 次に、旗の右側の国章についてです。 中央の三重になっている法王の冠は法王が持つ三つの権力を象徴しています。 司祭権、司牧権、共同権です。 そして交叉する金と銀の鍵は聖ペテロの鍵と言われています。 金の鍵は天国での権威。 銀の鍵は地上における教皇の霊的司牧権能を意味します。 金の鍵と銀の鍵を結ぶ紐は天国と現世の二つの権威が連動している事を示しているようです。 ローマ法王は、元々はローマ市内のラテラノ宮殿に居住していました。 しかし、14世紀、ラテラノ宮殿が2度の火災により使えなくなりました。 そこで現在のバチカン内に法王宮殿を建設し、そこに居住することになったのです。 また、19世紀頃までローマ法王は法王領としてイタリア半島中部に領土を所持していました。 当時使われていた旗の一つです。 既に金と銀の鍵、法王冠がありますね。 1870年、普仏戦争により、法王領を守備していたフランス軍が撤退。 イタリア軍が法王領を全て接収。 法王領はイタリア領となりました。 1871年、イタリア政府はローマ法王にバチカンとラテラノ宮殿の所有のみを認める。 これに怒ったローマ法王ピウス9世はバチカンに引きこもります。 ローマ法王もひきこもるんですね…(違 1929年2月11日、イタリア政府とバチカンが和解。 バチカンは法王領の権利を放棄する代償としてバチカンを独立国家としたのです。 こうして1929年6月8日、バチカン市国の国旗が制定されました。 バチカン市国の由来 バチカンという名称はウァティカヌスの丘(Mons Vaticanus)に由来しています。 この丘は、ローマで殉教した使徒ペテロの埋葬地なのです。 エストラスク語で「神託や予言」という意味もあります。 元々ローマは七つの丘に囲まれた丘陵地で… あ、関係無いですねハイ。 バチカンについて調べていて驚いたのは皇居の方が大きいという事(笑)と 使用されている言語多過ぎじゃないの?という事ですね。 ラテン語が公用語というのは知りませんでした。 ラテン語が学名等で使われている理由が死んだ言語(使われていない)だから という話を聞いた事があるのですが… 死んでないじゃん現役じゃん!!と、思いましたとさ… 尚、何故使われていない言語が良いのかというと、言葉というのは時代で変化していくものだから 使われていない言語なら変化しないから、という理由らしいです。 また、第一回十字軍についてあれこれ書きましたが、興味が沸いた人は十字軍物語をどうぞお読みください。

次の